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「露李さま……ここにいらっしゃったのですね」


涙が止まっても呆けたように書棚にもたれて座っていた露李は、かざされた眩しい光に目を細めた。

いつの間にか陽が完全に暮れて、書庫は真っ暗だ。

そんなことにも気がつかなかった自分に驚きながらも声の主を探す。

海松がランプ型の懐中電灯を持って露李の数メートル先に佇んでいた。


「分かってたんでしょう?」


ふわりと露李が微笑みながら海松を見る。

今まで呆けていたのは自分だが、聡明な海松ならすぐに見つけていたはずだ。


「…申し訳ございません」


俯く海松。


「気を遣ってくれたのに謝る必要ないよ」


「はい…でも、私は…」


「皆は?」


脈絡はないが、すぐに分かる。

海松が黙りこんだのを見て、露李はまた自嘲的に笑った。


「私、思ったより信用されてなかったみたい」


「露李さま…?」


「守護者のことも何も知らなかったけど…人柄だけは分かってるつもりだった。」


そう、前は知らない方が良いとさえ思っていた。


「けど、踏み込みすぎた。もう二度と誰も信じないって決めてた私を、ちゃんと受け入れてくれて、それで打ち解けられたのは皆の気遣いだったんだよね」


海松は苦しそうに目を伏せている。


「それなのに勘違いして、図々しいわ。そりゃ介入されたくないよね…優しくされたらすぐ心開いた奴だし」


「それは違いますっ、露李さま!」


海松が意を決したように身を乗り出した。

カラン、とランプが音を立てて転がった。

それを気にも留めず、露李の前に正座した。


「露李さまのせいではありません」


「よく、分からないんだけど…」


「まず、私は露李さまにお詫びを申し上げなければいけません」


まだ理解できずに海松を見つめる。


「貴女が風花姫の記憶を受け継いだ日──私は、露李さまに開心術を施したのです」


単純に、絶句した。数秒経ってまた口を開く。


「開心、術?だってあれは、癒しのはずじゃ」


「開心術と癒しは私の能力なのです。私は二つを、同時に扱うことができるのです」


「何でそんなこと…」


もう分からない。

自分の感情が偽物のような気さえしてきて。 


「未琴様の、ご命令です」


海松は泣きそうな顔で言った。


「風花姫と守護者の仲を滞りなく良好にするためにです。しかし、守護者の皆さんは敵の襲来や拷問に備えて閉心術を心得てらっしゃるので私では及ばないのです」


「だから、私か」


普通の選択だ。


「でも、やっぱりどんな形でもっ…皆を死なせたくない」


踏み込まない。理解しようともしないから。

だから、


「皆を守りたい」


そう言った瞬間、書庫が大きく揺れた。


地響きが容赦なく襲う。