砂漠の賢者 The Best BondS-3

 どんな町にも酒場はあるもので、どんな町でも悪と呼ばれる者はそこに集いたがるものだ。
 一般に人が忌み嫌う類の情報が集まるのも酒場だ。
 そして酒場には喧騒がつきものである。

 ノービルティアの下流階級にある酒場の内装は立派なものであったが、客層はトルーアにある酒場と大差なかった。
 他の町から流れて来た商人達が一仕事を終えて一杯の酒を楽しむ。
 そんな場所だ。

 人相の悪い男性客が多く集まるその場所に今足を踏み入れたのは、そんな場所は一見不釣り合いに見える黒髪の少女だった。

 ひらひらとした衣装を纏い、かつらを被った、踊り子姿のままのエナである。

 あちこちからの視線を浴びながら麦酒を注文し一口飲んだ後、酒場の奥で呑む一人の男に近寄った。
 男はしきりに金を数えていた為、エナには気付いていない。

 「そこのシケたツラしたおにーさん?」

 呼び掛けて、男のグラスとジョッキを合わせる。
 男は鳴ったグラスから腕を伝うように視線を上げた。

 「ああン? 誰だてめ……ガッ」

 威嚇染みた言葉を最後迄聞くつもりなどエナには無かった。
 話し合う余地は無い。
 ジョッキを持った手をそのまま振りあげる。
 男の顎が上を向く。
 グラスの割れる男と、テーブルが倒れる音が店を支配した。
 そして男が椅子ごとひっくり返った音も。
 散らばった貨幣があちこちでくるくると回っている。

 「誰だ、って?」

 ジョッキがごとりと床に落ちた。
 底に残った麦酒が床の上に広がった。
 仰向けに倒れた男が状況を把握する間も与えず、エナは男の腹を踏み付けた。
 ヒールが食い込む痛みに男はくぐもった声をあげた。

 「あたしの仲間拉致っといて」

 かつらを取り払う。
 肩に落ちた黄色い髪に、男が目を瞠る。

 「それは無いんじゃない?」

 エナは笑っていた。
 エナは怒っていた。
 口元は怒らない。
 目は笑わない。

 「お、前……!」

 歯が折れたのか、切ったのか、開いた口の中は血が滲んでいた。
 それを痛そうだとは思わなかった。
 わかっていてやったのだから。
 大事なのは一撃目。