「これを使うがよい」
エナはその乗車券と老人の顔を交互に見た。
受け取るか否かを考えあぐねていると、老人は再び独特な笑い声を奏でた。
「儂なら構わんよ。急いで帰らねばならぬ事情もないしの。お前さんの方が、この券を必要としとる」
エナの手を取り、その手の平に乗車券を乗せて握らせると老人は更にその上から自身の手を置いた。
「待てば海路の日和有り、とは言うがの、人生は短いものじゃ。好機を逃しては成らん。」
「お爺ちゃん…」
エナは老人がくれた温もりを噛み締めて呟いた。
「お爺ちゃん、とな! 良い良い、孫でも出来た気分じゃ」
まんざらでもなさそうに老人は髭を擦った。
「ほれ、何をしとるか、乗車手続きは済んでおる。早よう行きなされ。」
エナは乗車券を握り締め大きく頷いた。
「ありがとう!」
満面の笑みで御礼を告げて、エナは馬車へと飛び乗った。
馬車の隣で出立確認をしていた受付の男がエナに「よかったな、お嬢ちゃん」と声を掛け、エナも「困らせてごめん」と我儘を詫びた。
そのまま中には入らずに、木の桟に手を置いて振り返る。
老人は尚も髭を撫で続けながら、こちらを見ていた。
「あたし、エナ! いつか御礼言いに行くからお茶でも出してね! あとお菓子も!」
目も口も髭で覆われている老人の表情は読めない。
だが、返ってきた答えはエナを更に笑顔にさせた。
「図々しい孫じゃの…。まあよい。もしノービルティアに立ち寄ることがあれば、ハリスグラン家を訪ねて来なされ」
その名を聞いて目をひん剥いたのは受付の男一人で。
エナは「必ず行くよ!」と手を振った。
御者が鞭を振るい、馬車が動き出す。
茜色の空の下エナは、ラフを取り返し、ジスト達と再び合流した暁には必ず御礼を言いに行こうと心に決め、ハリスグランの名を復唱した。
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