「あの男、知ってるの?」
「ああ、勿論知っとるよ。ノービルティアの目利きも出来ぬ馬鹿貴族共を鴨にする行商人の一人じゃ」
エナ自身ノービルティアに行ったことは無いが、地図上でなら知っている。
この町カダルからそう遠くはなく、馬車で半日ほど走った場所にあるが、今から再びゼル達と合流しても、最終の馬車には間に合わない。
となれば、当然明日の始発になるわけで。
半日以上足止めをくらっている間に、ラフがどんな目に遭うかわからないという思いがエナの頭を掠める。
――なら、馬を三頭借りて夜道を追うべき…?
危険は多いが、それが一番の方法かもしれないと納得しかけたその時。
「行くかの? この時間ならば途中の宿場町で追いつけるだろうて」
「え?」
老人は、ノービルティアに行く者は馬を休憩させる意味でも、大抵宿場町で一泊するのだ、と説明を繋げた。
エナは最終の馬車に乗り込む人々を見た。
――これに乗れば…追いつける……。
彼らは心配するかもしれないが、宿場町でラフを救出し、翌日の始発でまたカダルに戻ってくれば良い。
「………行く」
呟いて、エナは受付の男を振り返った。
「行く! チケットちょうだい!」
お金の入った巾着袋に手を突っ込むエナを、受付の男が慌てて制した。
「今日のチケットはもう無いよ! 最終便は混むんだ。爺さんも勝手なこと言わないでくれよ」
「一人くらい、なんとかなるでしょ?! 乗込み口…ってか外とかでもいいから!」
「そんな無茶な…。そんなことが上に知れたら、私も御者も大目玉だ」
出来ることなら私も何とかしてやりたいのだと、受付の男は大層困った顔をした。
「頭の固い男じゃの」
髭を撫でながら老人は皺々の手をエナに向けて差し出した。
其の手に握られているのはノービルティア行きの馬車の乗車券。
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