「……どいてってば!!」
怒鳴ると人が除け、俄かに道が出来る。
訝し気な視線に晒されながらも、エナはその隙間を縫うように走った。
町の外れに着いたエナの目の先には、もう豆粒程の大きさになった男。
「馬! 貸してっ!」
他の町へ行く為の定期車の馬に繋がれた金具を外そうとしたが。
「おい! 何する気だ!」
受け付けの男に止められる。
「あの男! 追い掛けなきゃなんないの!」
鬼気迫るその顔に、その場に居た誰もがやんごとなき事情を見たが、受け付けの男は首を横に振った。
「そんなの困るよ、お嬢ちゃん。こっちだって仕事でね、最終便だから遅らせるわけには…」
「大切な相棒連れてかれたのに、諦めろっての?! 今追わなきゃ見失う! お願いっ!」
縋るようでいて、脅すような瞳。
受け付けの男は思案した。
突っぱねるには余りに真剣な願い。
受け入れるには余りに向こう見ずな要求。
「時間が無いの…!」
受け付けの男の袖を掴むエナの耳に笑い声が届いた。
しゃがれた声。
「ほっほっほ……安心なされぃ」
のんびりとした声に視線を動かすと、人の合間から老人男性が姿を現すところだった。
蓄えた長い髭は真っ白で、地味な色だが仕立ての良い袷に縦長の帽子。
その帽子の下から見える髪も真っ白で、同色の長い眉が目元を隠していたが、叡智(エイチ)を持つ風格がそこにはあった。
「…?」
決して大きくないが妙に意識を引きずられる声にエナは黙って次の言葉を待つ。
「あの男の行き先なら一つじゃ。ノービルティア、貴族が多く住まう街じゃよ」
「ノービルティア…」
大きな塀で囲まれた城塞のような街だと聞いたことがあった。
選民思想が強く、資産によって住む区域が決められているとか。
もちろん物価も高く、高級思考が美徳とされるその街に見栄を張って移り住んで泣く者も多いと聞く。
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