そう思うけど、俺の立場を考えたら、自分からそれを言っていいのか、迷いを拭えない。

だけど、もうすぐ降ろしてもらう場所に到着してしまうというその瞬間、彼女が意外な言葉を口にした。


「優しいからかな。あなたといるとホッとする。」

「.......え?」

「こんなオバさん相手で申し訳ないけど、心が折れそうになっちゃったら、またデートしてくれる?」

「もっ、もちろん。喜んで。それから、オバさんじゃないし。」

「ありがとう。じゃあ、これからは挫けそうになっても頑張れる。」

「そう言ってもらえるなら、俺も嬉しい.......。」


それが、おれと朱美さんとの始まり。

最初はお礼も兼ねた食事を御馳走になりに行って、そこからは定期的に、彼女のマンションに通うようになった。


陽成の父親は高級レストランを何店舗も経営する実業家で、彼女はそこでパティシエとして働いていたらしい。

子供の認知もしてくれているし、このマンションの家賃も父親が払っているそうだ。


今の彼女は、ここでお菓子作り教室を開いている、所謂サロネーゼ。

そんな世間が憧れる優雅な生活は手に入れたけど、彼女は別にそれを望んでいだ訳ではない。

一人で子供を育てて行くのは大変で、辛くなる度、愛人にしかなれない自分を責め続けていたようだ。


心に傷を持った者同士だからなのか、俺たちはあっという間に親密になった。

弱さを隠して生きている彼女を俺は愛しいと思ったし、温めてやらないと消えちゃいそうなほど、脆く儚く感じた。

それが怖くて抱きしめているうち、どちらともなく、身体の関係を持つようなった。

そして、気付けば、もう離れられなくなっていた.......


俺にとって、彼女の代わりはいない。

彼女にとっても、きっと。


だから、この関係は続いて行く。

多分、これが正解じゃないって、お互いにわかりながら。