今しかない、この瞬間を

あ、でも、この後、彼とどんな会話をすればいいのかな。

今、下手なことを喋ったら、彼の名演技が無駄になってしまうかもしれない。

せっかく痴漢野郎の感情を逆撫ですることなく、上手くはぐらかしてくれたんだから、私だって最後まで自分の役を演じなくちゃ。


そう思って、隣にいる彼の顔をじ~っと見てみる。

わっ、何か、カワイイ。

よく見てみると、想像してたより幼い感じだ。

もしかして、年下とか?

だったら、その勇気に、ますます感動しちゃうかも。


何故なら、どんな理由があるにせよ、彼は私を助けてくれたヒーローだ。

ピンチを救ってくれた王子様に、キュンとしない乙女はいない。


知らぬ間に、嬉しいのと、ホッとしたのと、ときめく気持ちで、胸がいっぱいになっている。

イタズラっぽく微笑みかけられると、さっきまでの嫌な気分も消えて行くような気がする。


だけど、すっかりお姫様気分に浸って、私は油断していたらしい。

彼に手首を掴まれていることを忘れ、少年っぽさの残る笑顔にポ~っとなっていたら、私の身に、またさらに信じられないことが起こった。


驚き過ぎて、心臓がどうにかなりそう。

声を出さずにいるのが、やっとだ。

だって、彼に会うのは今日が初めてだし、まともに会話もしていなければ、名前も知らない。

なのに、気付けば、私は彼にゆる~く抱きしめられて、まるで本物の恋人みたいに、腕の中に収まっている。


ちょっと、待ってよ。

まだ心の準備が.......