今しかない、この瞬間を

だけど、次の日も、彼に話しかけることができなかった。

挨拶しかできなくて、上手く言葉が出て来なくて。


彼も何かを言おうとしているのはわかるんだけど、周りにも人がいるから、微妙にタイミングが計れない。

お互いに、心細そうな顔で、目を合わせるだけで終わってしまう。

彼だけじゃなく、私も、自分で思ってた以上に不器用みたいだ。


その次の日も、ギクシャクした空気は拭え切れなくて、泣きそうな気持ちになっていた。

フロントに立って、来るのを待ち構えているのに、出勤して来た彼と交わせたのはぎこちない挨拶だけ。

支えてあげるどころか、これじゃ、彼のそばに戻ることすらできない。


すると、彼との間に流れる空気を読んだのか、加納さんが私に用を言い渡した。

そして、一通の手紙を手渡し、思いがけないことを言った。


「ゆっくりして来ていいよ。この時間、どうせ暇だから。」

「え?」

「この手紙の名前、知ってる?」

「いいえ。」

「じゃ、手紙見せてもらえば? チャラ男くんのこと、ちょっとは見直すかもよ。」

「.......はい。」


渡された封筒には、いかにも一生懸命書いた風の小学生っぽい文字で彼の宛名が書いてある。

これをレッスン前の準備をしている彼に渡して来いというのが、加納さんの指令だ。


差し出し人の子の名前は知らない。

でも、加納さんがあんな聞き方をするっていうことは、みんなが知ってる子なんだよね?


「用事があるんだから」って、何度も自分に言い聞かせるけど、階段を上る足がガクガクする。

そんなに緊張してたら、また失敗しちゃうってば。

自分を奮い立たせるために、階段を上り切ったところで深呼吸をしたら、サッカーコートの中で用具の確認をしている彼の姿が目に入った。