今しかない、この瞬間を

そう言えば、今日はバスのお迎えの時、二回とも彼は見学の母親と話していて、「お疲れ様」って声をかけるのが、やっとだった。

朝から心の中で準備をしていたのに、残念ながら「光汰」って呼ぶ機会はなかった。


そんな心残りはあるけど、まぁ仕方ない。

明日は彼と冷やし中華。

その前に今日は、田澤さんと豪華なディナーだ。

せっかくのお誘いなんだから、楽しまなくちゃ勿体ない。


たまたまだけど、今日はきちんとした感じのワンピースを着て出勤した。

まるで誘われることを前提に選んだみたいで、笑っちゃう。


田澤さんの車は、確か黒いRV車。

いつも一番奥の定位置に止まっている。

その位置に向かって、別棟の外周に沿って歩いていると、何故か、目の前にサッカーボールが転がっていた。


どうしてこんなところにボールが?

誰かミスって、外に出しちゃったのかな?

思わず、手に取ると、後ろから聞きなれた声がした。


「わりぃ。窓開けといたら、クリアしたボールが外に出ちゃった。」

「そうなんだ。はい。」

「あれ? てか、お前、なんでこんなところにいんの?」

「あぁ、うん。ちょっと.......。」

「ふ~ん。」

「.......。」


ヤバい。その顔は、絶対、怪しんでる。

でも、面と向かって聞かれると、何か言いずらい。

ただでさえ、今日は、いかにも食事に行きます的な恰好だし.......


納得行かなそうな彼が戻って行くのを苦笑いで見送りながら、何となく後ろめたい気持ちで、田澤さんの車に向かった。

相手が田澤さんならいいかなと思ったけど、やっぱり彼の顔を見ちゃうと変な気持ちになる。

こんなことなら、隠さないでちゃんと言っちゃった方が良かったかな。