「翔くんが辞めるって噂が広まった時から私にも名刺渡されるのよ。翔くんに渡してって」


沙世さんは困ったように苦笑いをする。

その名刺を見ながら俺はタバコを咥えて火を点けた。


「こんな貰ってもな」


苦笑いをしながら名刺に視線を落としていく。

もちろん、その中にはホスト業界のものもある。

そこに俺の未練など全くなく、この業界に携わることはこの先ないだろう。


「どうするの?この先…」

「考えてるよ」

「そう」


初めは何もこの先の事なんか考えていなかった。

だけど半年前からずっと考えてて、色んな人と出会って、沢山話を聞いてきた。


「引っ越しもしねぇといけねぇしなぁ…」

「あ、そっか。忙しいのね。うちで住む?空いてるわよ、部屋」

「んなとこ、住むわけねぇだろ」


嫌々呟くと沙世さんがクスクス笑った。


「美咲ちゃんは?いつ帰って来るの?」

「んー…」


呟きながらタバコの煙をゆっくりと吐き出す。


「なに?知らないの?」

「いや、夏っつってた」

「夏?春じゃないの?」

「うん」

「やっと5年か。ねぇ、また会わせてよ」

「んー…」

「なによ、その返事」


沙世さんは顔を顰めて薄っすらと笑みを浮かべた。

長かった5年がもうすぐ過ぎようとする。

ここ1年は仕事に没頭して、そして次の仕事で頭の中を思い浮かべないようにしていた。

それが逆に、美咲は俺の事をどう思っているんだと思い始めていた。


あまりにも長かった5年が気持ちを変えているんじゃないかと、そう思った時があった。


ふと美咲が5年は人の気持ちを変えるって言ってた事を思い出す。

だけど俺は何も変わらなかった。


ただ、離れる前と何も変わらなかった――…