「なに?」


そう言って現れた蓮斗に思わず顔を顰めてしまった。


「いや、何って、分かんだろうよ」


俺の不機嫌な声のトーンで蓮斗の表情がすぐに変わったのが分かった。


「分かんねぇよ」

「梨々花のことしかねぇだろ」

「それがなんだよ」

「なんだよじゃねぇだろうが。梨々花とこの病院で会った。あいつが中絶するって知ってんのかよ」

「……」

「なぁ?なんでお前なんも言わねぇの?梨々花、お前がおろせって言ったって、泣きそうに言ってた。なぁ、お前さ――…」

「うっせぇな、そんな事でいちいち呼びだしてくんなや」


その言葉でカチンときたのは言うまでもなかった。

無意識に身体が動き、腕から繋がっていた点滴をむりやり引っ張って針を抜き、俺は蓮斗の胸倉を掴んで壁に押し付けていた。


「そんな事じゃねぇだろうが!」

「俺とアイツの問題に首突っ込んでくんなや」

「じゃあ何で何も梨々花に言わねぇんだよ」

「じゃあ、お前は簡単に答え出せんのかよ!産んだら梨々花の身体が危ねぇかも知れねぇのに!腹ん中のガキと梨々花どっち助けるってなったらそう簡単に答えなんか出せるわけねぇだろうが!」

「だったら、梨々花ともっとちゃんと話せよ!何も言わずに梨々花だけに答えを出させようとさせんなや」

「うっせぇよ、お前、」


蓮斗が俺の腕を振り解くと、今度は蓮斗の手が俺の胸倉を掴んだ。

そして蓮斗の力ずくで俺が壁に背をつけられ、思わず舌打ちをしてしまった。

胸倉を掴んでくる蓮斗を睨み返し、俺も蓮斗の胸倉を掴んだ。


「梨々花の気持ち考えろや」

「お前に言われたくねぇわ、んな事」

「じゃあ、妊娠なんかさせんなよ。そんな悩んで困るくらいなら妊娠なんかさせんじゃねぇよ――…」

「ちょ、ちょっと、何やってんの?ねぇ、もう、翔くん、蓮くんやめてよ」


慌てて入ってきた実香子は困った表情を浮かべて、俺と蓮斗を離そうとし、俺の手が蓮斗の胸倉から離れていく。

そして落ちかけているシーツを直し、さっき引きちぎった点滴の針を拾った。

深く息を吐き出した目の前の蓮斗は俺の胸倉から手を離し、何も言わずに部屋を出ていく。