もう、このまま帰っちまおうと思った。
これ以上、こいつに逢着する意味もない。
俺も俺でこんな事してる場合じゃねぇし、今から夜の仕事を果たさなきゃいけねぇし。
そんな事を思いながら俺は美咲を背に歩き出した。
だけど数歩進んで、俺の足はピタっと止まる。
美咲の事が何故か気になって俺の足はこれ以上進むことはなかった。と思えば美咲の方向に進む足。
なんで気にしてんだよ、と思いつつも美咲へとたどり着いてた。
「みぃちゃんっ、」
よくわかんねぇ男と女の前で美咲が争っている。
俺が来たことで美咲は何故か深いため息をついた。
まるで、何で来てんだよ。と、言うため息とその表情。
そんな事、俺自身にも問いかけたいぐらいだ。何で来たのかもわかんねぇ自分に。
「何してんの?」
「ちょっと、黙ってて」
「ねぇ、誰?早く行こうよ」
ツンとした美咲の口調の後、甘ったるい知らねぇ女の声。
こう言う声は散々聞いてきたけど、好きになれるような声ではない。
むしろ、甘く作った声は苦手だった。
その一瞬で、美咲の表情が崩れる。
「悪りぃけどお前に付き合ってる暇はねぇから」
偉そうに口を開くこの男はいったい何者なんだろうと。
つか俺もこんなのに付き合ってる暇ねぇんだけどな。
「ねぇ、葵は!!」
不意に叫んだ美咲の声。
…葵?
つーか、マジ関係ねぇよな俺。
何で来たのかも分かんねぇし、だけど今更引き返す事も出来ねぇ自分がいる。
そう思ったのは隣に居る美咲だった。
今までにない表情をしてたから。
怒ったような、悲しいような、悔しい表情。
見たこともないその表情で、俺の足が動かなかったのは言うまでもない。
美咲と目の前に居る男の内容を、ただただ聞くしかなかった。
どうやらこの男は美咲の友達の彼氏でその男が、浮気。
金目当てに付き合ってたとか、馬鹿にもほどがあるこの男。
つか尚更、俺関係ねぇわ。
こんなくだらない男の所為で俺は来てしまったんだと思うと更にため息が出る。
いや、違う。
この男ではなく、美咲が気になって、ただ来ただけのほうが正しい。



