「なんかここに居ると余計な事ばっか思い出すわ」

「余計な事?」

「お袋の事。病院って、マジで好きじゃねぇわ」

「そんな好きな人なんているの?」


実香子はクスクスと笑みを浮かべ俺を見つめた。


「いや、いねぇけどさ、」

「思い出すって事はさ、大切だから今でも思い出すんだよ?どうでもいい人の事なんて思い出さないから」

「……」

「亡くなった人の事を思い出すって素敵なことだし、亡くなった人からすると幸せな事だよね」

「……」

「ここで働いてるとさ、色んな経験もするし、沢山いろんな人を見て来たから」

「すげぇね、実香子は」

「何も凄くないよ。ただやりたかった仕事をしてるだけ」

「それがすげぇよな。俺なーんも夢とかねぇもん」


そう思うと、美咲も実香子と同じか。

だから美咲を帰らすことは出来ない。

あいつも留学が夢だったからそれを壊すことは出来ない。


「そう?私からすれば翔くんは偉大な人だよ」

「なにそれ。意味分かんねぇ事、言わねぇでくれる?」


呆れた様に呟くと実香子はクスクスと笑い、「あ、終わった」バチンと消えた手術中を見上げて立ち上がった。

そしてもう一人の看護師が駆け足でこっちに向かってくる。


「ごめん、遅くなった」

「今終わったところだから大丈夫です」


ドアが開くとベッドに寝ているお母さんが運び出される。

その横から姿を現した医師が俺に視線を向けると、俺は立ち上がって足を進めた。


「有り難うございます」

「綺麗に取り除いたので心配いりません。また後で詳しいお話をさせていただきますので」

「わかりました」


病室にたどり着くと、実香子が腕時計に視線を落とし、そして俺に視線を向けた。


「まだ一時間くらいは麻酔効いてる。後で担当医から説明あると思うんだけど、ちょっと次の患者さんのOPが入ってて、説明が18時くらいになりそうなんだけど」

「諒也たちが来るから後は任せるわ。夜の仕事休むわけにいかねぇし」

「そっか。わかった」

「あ、実香子?」

「うん?」

「退院する時、入院費とか全部、俺に回してきて。俺が払うから」


一瞬躊躇った実香子は「うん」小さく呟く。


それから美咲のお母さんが退院したのは1か月後だった。

また何も変わらない毎日が刻々と過ぎ、トビと夜の仕事を両立するだけでこのまま月日が過ぎていくと思ってた。


…そう俺は思ってた。