「…新山さーん、お時間ですので移動しますね」

「あ、はい」


実香子と他の看護師が部屋に来てベッドを動かしていく。

淡々と取り掛かるその風景をボンヤリと見ていた。

ベッドを部屋から出し、その後ろを追うように俺は足を進める。


広いエレベーターに乗り込み、2階に到着し手術室の前で立ち止まった。


「新山美恵さん、43歳です。よろしくお願いします」


待ち構えていたオペ着を着た女の人に看護師が書類を読み上げ頭を下げる。


「わかりました。お預かりします」


他の看護師が書類を女の人に渡すと、実香子はお母さんの傍まで来て肩にそっと触れた。


「頑張ってくださいね」

「ありがとうございます」


そう言ったお母さんの視線が俺に向き、お母さんは頬を緩めた。


「もう私は大丈夫だから。わざわざ来てくれてありがとう」


その微笑みに俺も口角を上げ、手術室に入って行く姿をジッと見つめた。


「…翔くん、どうする?2時間と少しくらいで終わると思うから」


バチンと手術中の文字に電気がつくと、実香子が俺に視線を移す。


「待ってるわ。帰っても落ち着かねぇし」

「そう、わかった。私は先輩に呼ばれてるから行くね」

「あぁ」


実香子が姿を消した後、そこにあるソファーに腰を下ろす。

刻々と過ぎていく時間。

結局その場から一歩も動くことが出来なかった。


ここに居ると思い出す。

お袋の手術にも立ち会わずに遊び暮れていたことを。

沙世さんから手術するって聞かされても、俺には関係ないと思いながら遊び暮れていた。


最低だな、俺。


過去の記憶が次々に蘇って来る。

思い出したくもないのに、何もしないこの時間で次々と頭の中を駆け巡っていた。


「…翔くん?」


どれくらい時間が経ったのか分からない頃、実香子の声で顔を上げる。


「もうすぐ終わる」

「あぁ、もうそんな時間?」

「うん。大丈夫?」


そう言って実香子は俺の隣に腰を下ろした。