「そうだよ。何もないよ」

「そか」

「それより翔くんは大丈夫?…体調」

「なんとか」

「なら良かった。じゃあ、私戻るから」


俺に背を向けて病室を出ようとする実香子に、


「実香子。…ありがとう」


俺の声に振り返った実香子は頬に笑みを作って病室を後にした。

暫くそこに佇んでいた。

腕から繋がったチューブからポタポタと落ちていく液体に一息吐き、過るのは美咲の顔だった。


まだ行って1ヶ月しか経ってねぇのに…

そんなことを思いながら俺は病室を離れ、店に向かった。


結局、次の日は朝と夜の仕事に追われ、病院に行くことすら出来なかった。

葵ちゃんから俺に電話があり、容態は安定してて普通に会話出来たって。

ただ、お母さんも同じ気持ちで、美咲には言わないでって、そう言ってたらしい。


手術当日の朝、朝の仕事を休んで、病院に向かった。

病室に入ると、実香子がお母さんと手術に関しての会話をしていて、2人の視線が同時に俺に向いた。


「あ、では10分後にお迎えに来ますので」

「わかりました」


気を利かせたのだろうか。

実香子が俺の前から姿を消す。


「…ごめんね、迷惑かけてしまって、ごめんなさいね」

「いえ」

「翔くん…。昨日、葵ちゃんにも言ったんだけど、あの子、…美咲には言わないでくれますか?」

「……」

「小さい時からの夢なの。だから親として、あの子の夢、応援したいの」

「……」

「言ってしまうと、あの子はもう二度と行かないと思う」

「…そうですね。それは俺も思います」

「だからお願い。私はまだ死なないし美咲が笑顔で帰って来る事だけを望んでいるの」

「俺もですよ」

「ごめんね。一番、迷ってるのは翔くんなのに。…私の所為で困らせてごめんね」

「そんな事ないです。俺の事より今は自分の事だけ心配してください」


美咲のお母さんを見て思った。

ほんと美咲に似てんなって。

俺の心配なんかして、心配は後回しすることが。


ほんと、親子だなって。