実香子に視線を向けると、実香子は眉を顰めたまま俺をジッと見つめた。

その手にはバインダーに挟まれた用紙がある。


それを俺は実香子の手からスッと奪い、ペンを走らせた。

緊急連絡先。

全て俺の名前を記入し、実香子にそのバインダーを突き返す。

そして何も言わずに俺は背を向けて足を進めた。


「ちょっと、翔くんっ、」


実香子の声が背後から聞こえる。


「実香子さん、俺が怒らせたんで気にしないでください」

「あー…っと、諒也くん久しぶりだね」

「ここで働いてんすか?」

「そうなの。看護師になるのが夢だったから」

「夢…っすか」

「そう。これ、注意事項とか他、大事な事書いてあるから目を通しといて」

「分かりました」


実香子と諒也の声が背中越しから聞こえてくる。

そんな声を耳にし、俺は外へと向かった。


外に出て、空を見上げて深呼吸する。

ベンチに座って、俺はポケットから取り出したタバコに火を点けた。


屈んで吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出す。

俺も正直どうしたらいいのか分からなかった。


美咲にお母さんが手術するから。それだけでも伝えた方がいいのかって。

でも美咲の事だから帰って来るに違いない。


諒也の言ってることが間違ってるわけじゃない。

正直、そっちの方が正しいって分かってる。


自分の母親だから。


でも、俺にだって譲れない事だってある。

美咲をここに引き戻したくは、ない。