取り出した指輪を美咲の指に嵌める。

その指輪をジッと見て動かない美咲をもう一度抱きしめた。


「帰ってきたら俺と結婚して。5年後…今よりいい男になってるから」


そんな保証もない。

きっと5年後も今と変わらない事は確かだろう。


繋ぎとめる言葉がこれか、と思うと情けなくも苦笑いが漏れる。


蓮斗が言ってた事を思い出した。

梨々花に好きな奴が出来たら俺は身を引くって。

でも、俺にはきっと無理だろう。


「私…ワガママだよ」

「それでもいい」


むしろ、お前のワガママなんて今まで聞いたことねぇけど。


「私と居たら疲れちゃうよ」

「それでもいい」


って言うか。疲れる事、なんも今までなかったけど。

きっと疲れるのは俺と居る美咲の方。


「私…翔が思ってるほどいい女じゃないよ」


むしろそれを聞きたい。

いい女って、どんなの?って。


「美咲がいいから。俺にはみぃちゃんしか居ないから。だから…結婚してほしい。…返事は?」


俺が待ってる返事の代わりに美咲のすすり泣く声が聞こえてくる。

苦しそうに声を押し殺す美咲の頭をそっと撫ぜ、美咲の肩に顔を沈めた。


空港内に流れ込んでくるチェックインのアナウンス。

もう時間がない。


「返事…聞かせろよ」

「私でいいの?」

「美咲がいい。返事は?」

「…お願いします」

「ありがと」


美咲の身体を離し、見上げてくる美咲の瞳とかち合う。

潤んだ瞳に笑みを漏らす美咲に、俺も頬を緩めた。


「もう…行く」

「向こうで浮気すんなよ」

「するわけないじゃん。だって、ほら…」


微笑みながら手の甲を俺に向けて来た美咲に「だな…」小さく呟いて口角を上げる。


「ありがとう」

「あぁ」

「ってか翔の浮気防止ないよ?」

「そんなのいらねぇ…だって俺、浮気しねぇもん」


何言ってんだよ、お前は。と心ん中で呟きながら美咲の額を指で軽く突いた。

その行為に美咲はフッと頬を緩める。


「5年後…もっといい女になって帰って来るから」

「あぁ、楽しみにしてる」

「きっとビックリしちゃうよ?」

「期待しとくわ。たまには連絡しろよ」

「うん。じゃあ…」


美咲の手を握りしめて、離す瞬間が切ない瞬間だった。


「またな」


頷く美咲は笑顔で俺に背を向け、歩き出していく。

保安検査を通過した美咲の姿が消えると、俺は宙を見上げ、軽く息を吐き捨てた。



込み上げてくる寂しさが、思ってたよりも強かったー――…


5年後の未来なんてどうなってんのか分からないのに、ただその未来を綺麗に描いていた。


《完》