「お前、帰んねぇの?」


夜の仕事が終わり、ソファーで横になる俺に、流星は声を掛ける。


「うん」

「なんかあったのかよ」

「別に」

「姫のアフター断って寝るってなんだよ、お前」

「なんもねぇから」

「あぁ、そう。なんもねぇのに朝までここに居んのかよ」

「悪い?」

「別に。帰る時、鍵かけとけよ」


テーブルに置かれた鍵を目にして、俺は軽く目を瞑った。

このまま帰ろうかと思った。

だけど、もし美咲が居ると思うと帰れなくなってしまった。


美咲に会うと手放したくなくなる。

また俺の所為で困らせてしまう事になると思うと、何故か帰れずにいた。


結局ここで朝を迎えてしまった。

ソファーで寝たせいで身体が痛く、起き上がって伸びをする。

未だ眠い睡魔を吹き飛ばせるため、冷たい水で顔を洗い一息吐いた。

そして冷蔵庫から取り出した水を乾いた喉に流し込み、俺は店を後にした。


そのまま帰宅しようと思ったけど、俺の足はお袋の墓へと向かう。

なぜ来たのかも分からないが、吸い込まれるようにここにたどり着いてしまった。

ほんとにまたいつから来てないのだろうか。


暫くずっとお袋には会いに来ていなかった。


「…久しぶりだな。元気か?」


自動販売機で買った水を墓石の上からかけ、ぼんやりと墓を眺めた。


「ごめん、なんも持ってきてねぇや」


来たにも係わらず、線香も花も持ってきていない。

だけど新しく咲き誇っている花に思わず笑みを浮かべた。


「ほんっと沙世さんって、お袋の事すきだな」

「……」

「いい友達もってんね」


乱れていた花を整え、暫くここで佇んでしまった。

別に特に何も語るわけでもなく、ぼんたりと眺めて佇んでいた。


マンションに帰宅した頃には昼を過ぎていた。

ポストに入っていた美咲が入れた鍵がやけに輝いて見え、それにもう一度ため息を吐き捨てた。


これを持ってもうここには来ないんだと改めて実感させられる。

別に二度と会えないわけじゃない。

会おうと思えば会えるし、逢いたいのなら行けばいい。


だけど日本と海外じゃそうにも行かなくて、俺があっちに行って会おうという選択もなかった。

逢えば、帰れなくなるだろう――…