「なんすか?」


気だるいまま出てしまった電話。

だから案の定。


「ちょっと何?そのお前かよって言う出方やめてよね」


沙世さんのため息交じりの声が通話口から聞こえてきた。


「そんな事ねぇっすけど。…で、なに?もしかして産まれた?」

「まだよ。その報告じゃなくて、翔くん腕時計忘れてない?」

「時計?」

「そう。今来たらね、テーブルの上に置いてあるから、翔くんかな?って」

「あー…何も思わなかったけど、俺のだと思う。ねぇから」

「えー…なにそれ。外したのかどうかも覚えてないの?」

「今、言われてねぇわって思ったから」

「もうほんと重症ね…。今から取りにおいで、お店始まる前に」

「もう今度でいいっす。他のもあるし」

「今度って言ったらいつになるか分かんないでしょ?しかもこれ一番高い時計でしょー…こんな高級時計預かってても困るし」

「……」

「待ってるからね」


すげぇ強制的に言われて切られた電話。

面倒くせぇから今度にしようと思っていたけれど、沙世さんが言った通り今度って言ったらいつになるのかも分からない。

タクシーを呼んで、とりあえずいつもと反対側の駅周辺で降りる。

普段こっち側は電車以外あまり通らない場所。


その普段通らない場所に来た事を後悔した。

後悔してたどり着いたのは、わざわざ時計の為に来るんじゃなかったって事。

なんで今日取りに行こうとした?

いや、閉店後でも良かった。

明日でも良かった。


むしろ10分でも遅れてれば良かったと、そう思った。


目の前のその人ごみに紛れて目に飛び込んできたのは紛れもなく、



美咲だった事に。