「アンタこの車では吸ってないの?匂いしないじゃん」
「あぁ。出来るだけ吸わないようにしてるって言うか、この車自体あんま乗んねぇし」
「え、そうなの?勿体ないわね」
「それよりお前、何で沙世さんの店継がなかった?昔、やってただろ?」
「やってみて分かったのよ。私がここで働いてメリットはあるのかってね」
「はい?」
「若い時はいい。だけど年齢を重ねるうちに居場所がなくなりそうで怖かった。ほら私も女でしょ?結婚したかったし。あぁ言う職で働くと、先が見えなくなりそうだったからさ。地味に会社員として働いてさ、常に庶民の金銭感覚を忘れたくないって言うか…」
「なんかあれだな、そう言うところ昔と変わってねぇな。マジで沙世さんの子供かよ」
「あー…でもママは尊敬してるよ?凄いなって思う。でも私は経済力とかないから無理だけどさ。だからあれでしょ?アンタもさ、まだトビの仕事やってんでしょ?それってこの先の事考えてるからじゃないの?」
「さーな…んな先の事なんかわかんねぇけど、いつかは辞めようと思ってる。だけど今じゃない」
「辞め時なんて好きな人が出来たら決まるんだよ。あ、ほら…私がそうだったから?付き合った当時さ、好きすぎて私が水商売してるって何か彼には言えなくてさ、ってそれ今の旦那ね。」
「……」
「会社員ですって言ったものの、どうしようとかと思っちゃって、それから私必死で探したんだから。ね、私凄くない?」
エヘっと舌を出して微笑む優香に思わずため息を吐きだす。
むしろ、それで辞めれるってすげぇと思ってしまった。
前にアキと話してた会話が頭をよぎった。
好きだから辞める。
俺にはなんも分かんねぇけど。
こう言う決断力つーところ、ほんと沙世さんに似てんなと思う。
「つかお前の出会い馴れ初めとかどうでもいいから」
「あ、そだ。客は辞めときなー。客との出会いなんて長く続かないわよ、その時だけが夢だからね」
「考えた事もねぇわ」
「何言ってんのよ。アンタの事だから分かんないわ。この不貞行為が」
「は?んだよ、それ。俺、結婚もしてねぇし、女もいねぇのに不貞行為とか言うな」
「だから昔のアンタを語ってんのよ。そうならないようにってね」
「ならねぇわ。ほら、着いたから降りろよ」
駐車場に停め、俺は車から降り、深く深呼吸をする。
もうすでに優香の話でお腹がいっぱいになったようなものだった。



