けたたましく鳴る目覚ましの音で重い瞼が開く。

いや、違う。寝る前に目覚ましを消したのを思い出し、ベッドから腕を伸ばしスマホを掴む。


「は?…沙世さん?」


着信音が鳴り響き、画面には沙世さんと表示される。

珍しく何だよ、と思いつつ耳に当てた。


「…はい」

「翔くん、おはよ」

「…は?お前、優香だろ」

「あら、分かった?ママっぽくしたんだけど」

「分かるっつーの」

「さすがホストだねー…女の見分けつくんだ」


そう言ってクスクス笑う声が電話越しから聞こえてくる。


「つか何?眠いんだけど」

「アンタいつまで寝てんのよ。もう11時よ?ねぇ、ちょっと迎えに来てよ?」

「は?」

「行きたいところあんの。連れてって?」

「一人で行けって。眠い」

「無理よ。私妊婦だし、何かあったら危ないでしょ?」

「……」

「ねぇ、聞いてんの?」

「ん、」

「だから迎えに来て。ママがね、アンタ休みだって言ってたからさ。どうせ暇でしょ?」

「暇じゃねぇわ」

「ね、お願い来て。女の子は大切にしなくちゃいけないんだよ?」

「……」

「ねぇ、聞いてる?」

「……」

「あんた、良い度胸してんね。私に喧嘩うってんの?」

「…一時間後」

「え、なんて?」

「一時間後に行く」

「わかった。待ってるね」

「……」


プツリと切れた電話。

何が可愛く、待ってるね。…だっつーの。


「だるっ、」


ベッドにうつ伏せたまま枕に顔を沈める。

なんでよりによって唯一の久々の休みの日にアイツと共にしなきゃいけねぇんだよ。

スマホの電源切っときゃ良かった。と思いつつ、気怠い身体を起し、髪を無造作にかき乱した。

行きたくねぇな、と思いつつ身体は動く。

車の運転席に座ってデジタル時計を見ると丁度、1時間経っていた。

着いた場所は高層ビルが立ち並ぶ沙世さんのタワーマンション。

相変わらずすげぇな、と思いつつ眺めていると、


「待ちくたびれたよ」


なんて言いながら助手席のドアを開けた優香が座り込んできた。


「そんな待たしてねぇし。むしろ俺じゃなく旦那呼べ」

「え、わざわざこんな所まで可哀そうでしょ?」

「は?俺だったらいいのかよ」

「それにアンタとじゃなきゃ行けない所だし」

「……」


頬を緩めた優香の手には花が抱えられている。

それを見ただけで優香が何処に行こうとしているのかは一目で分かった。


「ママが行けって言って一回きりでしょ?」

「……」


ごもっともな回答をされ言葉に詰まる。

沙世さんに行ってあげてと言われてから一回。

それから一度も行ってはいない。


「ま、私も行きたかったしね」

「……」


そんな優香から視線を離し、俺は何も言わずに車を発進させた。

あんだけいつも口を開く優香は何故か大人しく、黙ったまま車の外をずっと見ていた。

優香が俺のお袋の事を好きだった印象だけは残っている。

そしてお袋が優香の事を娘のように扱っていた事も知っている。


もしかしたら優香は俺よりずっと、お袋の事を知っているのかも知れない。