「ちょっと!いい加減に手離してくんない?」


少し歩いた時、張り上げた女の声があたりを響かす。

思わず足を止めて振り返った俺に、女は容赦なく睨みつけた。


「じゃあ、俺から逃げないって約束してくれる?」


女は躊躇うように視線を一度逸らしたかと思うと、その瞳はすぐに俺へと向けられた。


「分かったよ。だから離してよ」


とは言ったものの、どう見ても思えないその言葉に俺は少しだけ口角を上げた。


「オッケー。じゃあ離してあげるっ…て、んなわけねぇだろ。どー見てもお前の顔、逃げますって顔してんじゃねぇかよ」


顔に書いてある。とまでは言わねぇけど、その顔がそう言ってるようなもんだ。

思った通りの言葉を吐き出すと、更に女の苛立ちは高まったのだろう。

さっきよりも顔を顰める女はここぞとばかりに俺を睨んだ。

なんだ、こいつ。

おもしれーな。


そんな女の苛立ちを無視するかのように、俺は止めていた足を再び動かした。なのに女は足に力を入れてんのか、そう簡単には進まず、引きずられるようにして着いてくる。

少し歩いてやっと抜け出した細道。

広くなったその空間に、俺は深く息を吸い込んだ。と同時に、


「ちょっと、いい加減にして!」


再び声を張り上げた女はいきなり俺の胸倉を掴み、その咄嗟の行動に思わず眉間に皺が寄った。


こいつ、女かよ、マジで。

女に胸倉掴まれるとか初めてすぎて、ありえねぇわ。

こんな女、周りに居ないタイプだからこそ、余計に気になる。


「痛いんだけど」

「じゃあ、私の腕も離してよ!だったら私も離してあげるから」

「んー…」


胸倉から視線を一旦離し、空を仰ぐ。

その視界の端に移るのは、居酒屋だった。