「ええ、会社は辞めないわ。もう芳樹のことバレちゃったし。
その代わり、今まで通りの部署で働くわよ。いい?」
「ああ、それでいいよ。 だけど、気を付けてくれよ。
あの部署には君に熱を上げている妙な連中がいるから。」
そんなことを言う透の表情は冴えない。
さっきまでの表情とは裏腹に少し不機嫌な顔をしている。
江崎さんのハデハデな「僕の女」発言に頭痛めているし、吉富さんの真剣な気持ちのこともある。
多分、その二人のことを透は感じ取っているのだと思う。
江崎さんは放置しても問題ないのだけど、吉富さんのことは隠し通せない。
いずれ透にも分かってしまうだろうから話しておいた方がいいかもしれないね。
透に無関係とは言えなくなってきたから・・・
「吉富さんにプロポーズされているの。芳樹の父親になりたいって何度も言われているわ。」
「なんだって?! そんなの断れよ!」
それ、透が言えるセリフじゃないでしょ?
確かに、昨夜と今朝、透と以前のように抱き合ったわよ。
かと言って、吉富さんのプロポーズを断る権利は透にはないでしょ?!
それに、既にその度に断っているわよ。
だけど、
「さあ、どうしようか悩んでいるところよ。」
少しは透を困らせたくもなる。試すわけじゃないけど意地悪をしたくなる。
これくらい許されることよ。
吉富さんは私の婚約者になるのじゃないんだから。
「そんなの断れよ!」
完全に怒りを表した透は私を抱きしめると何度もキスをしてきた。
痛いほどに抱きしめられると透の心の痛みを感じているようだ。
私を苦しめた罰にしては軽過ぎよ。
でも、ごめんね。
透がそんなに傷つくとは思っていなかった。
「悔し涙?」
「吉富と良い雰囲気のところを何度も見ているんだ。嫉妬だってするし絶望感を味わう時だってある。
今だってそうだ、加奈子の心にアイツがいるかと思うと胸が痛むんだ。」
「大丈夫よ、断るわ。」
何故そんなことを言ったのか自分でも信じられなかった。
透との未来はないのに期待を持たせるような物言いするなんて、私も残酷な女なのかもしれないね。



