「彼女の息子の扱いは慣れていますので私が彼女のところへ連れて行きます。
彼女はまだ社長室ですか?」
吉富さんは透と私の関係を薄々感じ取っているのかもしれない。
再会したあの会議室で専務相手にあんな行動に出れる人は普通はいないだろう。
その後の言動もそうだ。
私と透の間に何かあったということは余程鈍い人でなくても判りそうだ。
私が透と再会してからのやりとりを吉富さんだけは全て見ている。
勘の良い吉富さんのことだ、黙って透の言いなりになるとは思えない。
「私が連れて帰ります」
吉富さんが透を試すかのようにハッキリと自分のものだと言わんばかりに言い放つ。
「大丈夫だ。その子はもう田中君の元へ連れて行った。
後はこちらに任せて君は仕事をしていなさい。」
透は専務の権限で吉富さんを職場に縛り付けようとした。
そして「加奈子はお前には渡さない」と言わんばかりの顔つきをされると、吉富さんは癇に障ったようだ。
そんな二人の思いなど全く分かっていない蟹江さんは深々と頭を下げていた。
「田中さんをよろしくお願いします。」
後輩を心配した心優しき先輩面をしている蟹江さんだ。
「大丈夫。安心しなさい。」
そう言ってフロアから立ち去ろうとした透に吉富さんがとんでもないことを言いだした。
「そう言えば、彼女を捨てた最低男はどうなったか聞かれましたか?専務。」
何かを感じ取ったのか挑発的な態度の吉富さんだった。
そんな吉富さんの態度が気に入らない透。かと言って、皆には私と透の関係は知られていない。
余計なことを言うつもりはないと無視しようかと思っていた透だが、いかにも「俺だけが加奈子のことを知っている」と言われているようで吉富さんの存在が気に入らない透だった。
「捨てた? 俺はそうは聞いていないが。別れたの間違いじゃないのか?」
「俺は捨てていない!」と言いたくなった透。しかし、ここは堪えて吉富さんの挑発に乗らない方が利口だ。
そう感じた透は吉富さんの睨みをかわした。



