いつかウェディングベル


昼食の時間に入った時に他の社員と一緒に出ていくのを見かけたはずだが、加奈子の表情は浮かないものでまた問題でも発生したのだろうか?


「蟹江君と食事に行ったんじゃなかったのか?」


「見送ってきただけよ。辞令のこともあるし午後からのことでも話があるの。」


「中へ。」



いきなりの昇進話に戸惑うのも分るが、加奈子はいずれ社長夫人になるのだから、いつまでも今の仕事をさせるわけにはいかない。


加奈子には悪いがこれだけは譲れないよ。



「午後からの会議には出られそうか?」



「ええ、それは大丈夫。ただ、吉富さんにしてはミスが目立っていてまだ見本が出来ていないのよ。」



「それは吉富の落ち度だ。君が心配することじゃないよ。」



「でも! 企画を考えたのは私よ。それに、遅れをとれば透にだって迷惑かけるわ。今回は透にイヤな思いばかりさせてるのよ。その上に、」



加奈子は俺の心配をしているからこんなにも必死なんだ。



本当に可愛い妻だととても嬉しくなるよ。



だからつい誰もいない俺の部屋だからキスしてしまった。



新婚の俺達なんだ。昼夜関係なく加奈子に触れたくて抑えが利かなくなっている。



「透、ここは会社よ。」


「少しキスするだけだよ。」



今は加奈子に不安な顔をさせたくない。



せめて俺がいる間は幸せそうに微笑んでいてくれ。



しばらくの間、俺達は抱きしめ合ってキスをした。



午後からの会議に責任があるのは吉富であって加奈子ではないのだから、少しでも不安を取り除いてやりたくて抱きしめていた。





一方、俺と加奈子の甘い時間を知らず吉富は昼休み返上で遅れていたWebサイトの下書きを書いていた。




「吉富さん、最近吉富さんらしくないですね。」



「江崎、何か俺に言いたそうだが俺にはそんな時間がないというのは知っているよな?」



「俺、田中さんが復帰してくれて嬉しいんだ。でもさ、君みたいに一方的に気持ちを押し付けたら田中さんが可哀想でさ。」



いつも頼りなげでふざけている様に見えた江崎が吉富の前で本性を現したかのように冷たく言い放った。