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午前八時より少し前に、華のバゲットは焼き上がった。
七本の切れ目【クーペ】は、パンに対して四十五度の傾きに美しく並び、均一に割れ開いて、生地の安定性を証明している。
まだ熱いバゲットを紙袋に抱いて、華は工房の勝手口に立った。
「お世話になりました。
ごちそうさまでした」
別れの場面でも華は泣かないだろう、と美智子は予想していた。
果たして、美智子がこれだけのことをしてやっても、やはり華は涙を見せなかった。
静かな目は、美智子と、作業の手を止めた園田とを、交互に見つめた。
そして華は、客の誰かが忘れていったビニール傘をさして、勝手口を出ていった。
旅の恥はかき捨てという。
洗いざらい語っていった華は、きっとこの先、一生この店を訪れないだろう。



