バゲット慕情



 華は、袖を元に戻した。


「彼は文系の大学院の研究員でした。哲学をやってるって言ってました。

大学のそばのバーで知り合いました。いつもビートルズが流れている店で」


「ビートルズねぇ……」


 昔の男のうちの一人が、よくアコースティックギターを鳴らしていた。

あの男の影響で、美智子もビートルズは少しわかる。


 華は続ける。


「わたし、高校まではクラシックギターだったので、ロックやポップスには疎くて、そのときにかかっていた曲のタイトルがわからなかったんです。

一緒にいた友達も洋楽を知らなくて、二人で何だろうって話していたら、カウンターの二つ隣に座っていた彼が教えてくれました」


 ジョージ・ハリソンの「ほら、太陽が昇る【ヒア・カムズ・ザ・サン】」だった。

軽やかなアコースティックギターと、寂しげで少年的なジョージのボーカルが、切なく歌い上げる。

ぼくは大丈夫だよ、と。


「エレキギターは、彼に教わりました。

すぐに、ロックはわたしの一部になりました」


「趣味が合うのに、彼とはうまくいかなかったの?」


 全然、と華は伏し目がちに微笑んだ。