ふと、美智子は父の言葉を思った。
いい具合に膨らんでくれるパン生地は若い娘の体の手触りだ、と。
気の置けない常連客を相手に、父はそう豪語していた。
はるか昔だ。
美智子が高校生か大学生のころだ。
父の話には、しかし本物の若い娘とはとんと縁がない、という落ちがつくのだったが、あの話を小耳に挟んで以降、美智子ははしたない気持ちで父の手付きを見つめてしまうことがあった。
あたしは若い娘よ、とうさん。
触ってみてもいいのよ。
布団に入り、眠る前の一時、美智子は父を誘惑することを夢想した。
女子校で過ごす美智子のまわりに、男は父だけだった。
華は、園田がフィセルやエピの成形を進めるのを、飽きもせず立ちっぱなしで見学していた。
園田は、いつもと違わぬ動きで作業している。
おもしろくないわね、と美智子はひそかに鼻を鳴らした。
もっと慌ててくれるかと期待していたのに。
美智子は、工房の様子を確認した。
朝一番に焼き上げるべきパンは、すでに、熱いオーブンの中だ。
サンドウィッチも、包装まで完了している。
フランスパンの最終発酵には一時間程度かかるので、フィセルとエピの成形が済めば、園田はしばらく手が離せる。
美智子は、朝食の準備に取りかかった。



