バゲット慕情



 二十分ほど、そうしていただろうか。

立ち読みを終えた華が、工房の出入口に立った。

美智子も新聞から顔を上げ、工房をのぞき込んだ。

バンジュウに入った生地を人差し指で押してみた園田が、困っているかのように眉と目尻を下げた。

ああ笑ったのか、と、一瞬後に美智子は理解した。


「バゲットの生地、今から、形にします。

よかったら、こっち、どうぞ」


 華はうなずいて、工房へ滑り込んだ。

園田は、リーチイン式冷蔵庫の正面にある丸椅子を、華に勧めた。

華は小さく会釈したものの、腰掛けずに椅子の前に立ち尽くして、園田の手元に視線を注いだ。


 園田は、四角いバンジュウにみっちり詰まった生地から、五分の一を細長く切り出した。

初めから完成形に近い形に切り出すことで、生地に触れる回数を減らすのだ。


 手のひらを使って生地を優しく叩き、横長に伸ばす。

適度な長さに伸ばしたら、生地を奥から手前に二つ折りにし、さらに手前から奥へ二つ折りにする。

手のひらの付け根を使って、生地を自分側へ巻き込むように転がし、棒状に整える。

綴じ口を下にして、成形完了である。


 わずか一分間の作業だった。

柔らかな手付きは、一切、力んだようにも見えなかった。


 華が、詰めていた息を、ほっと吐き出した。