バゲット慕情



 華は、美智子でも園田でもない、どこか一点を見ていた。


「あのとき、祖父が、亡くなったんです。

わたし、両親の仕事の都合で祖父母に育てられたので、ずっと祖父が父の代わりでした」


 誰かの死は、その身近な者に、新たな生き方を強いる。

美智子は、父の死によって、店の経営を一人で背負うこととなった。

社会的にも精神的にも強くあらねばならなかった。


 それが悲惨なことだったとは、美智子は露も考えていない。

むしろ逆である。

出戻りの身という引け目を持つ美智子に、父は優しかった。

美智子は父に甘え、いい親子関係を築いてやっていたが、あれは猫をかぶっていただけだった。

一人きりの生活を得て、これこそが自分の本来の姿だと、美智子はすがすがしい事実を見出した。


 華は、ぽつりと言った。


「祖父がもし生きていたら、一緒にレインレインのパンを食べに来たかったです。

コーヒーを飲みながら、演習で引いた設計図のことを話したかったです」