美智子は、四十九年というこの店の歴史に、言いようのない据わりの悪さを覚えていた。
「あたし、今、五十六だけどね。
あたしはパン屋の娘として生まれ育ったつもりでいたの。
でも実際はね、あたしが三つになるまで父は印刷工場で働いてて、それからパン屋に勤め始めて、あたしが七つになったころにようやく自分の店を持ったらしいのよ」
小学校に上がる前のことは、美智子は何一つ覚えていない。
上がってからも、部分的に記憶が抜け落ちている。
美智子が低学年のころまでは屑のような女が同じ家で生活していたはずだが、その女が存在した場面の記憶が、美智子には一切ないのだ。
覚えてなくて幸いよ、と父方の祖母は、かつて十代半ばの美智子に言った。
あんたはねえ、母親から何もしてもらってないのよ。
わたしが様子を見に行ってみたら、酒瓶がごろごろ転がった台所で、まだ四つのあんたがわんわん泣いてるじゃないの。
ごはんももらえずにねえ。
かわいそうだったわねえ。



