研修医を終えた日に 康介は この古ぼけた医院を訪れた。

看板は『六本木診療所』…。

名前ほど 洒落てないその看板は その日 外されられそうになっていた。

何人かの大工が、出入りをしていた。

「先生っ」
康介は何事かと 物凄いけんまくで 老医師の元へ駆け込む。

「おぉ…。なんだ。またかぁ。今日はどうした?」
「どうしたって、こっちの台詞だょ。なんだよ。なに片付けてんだよ」

老医師は大工たちに 少し 休憩だと 言うと 康介を長椅子に座らせ 自分はいつもの 診察イスに腰掛ける。

「引退だ…もう潮時ってやつだなぁ」

康介はこの時に 老医師の正確な年齢は把握していなかったが 多分 70前くらいだろうと思っていた。

「で、今日は何の用だ」老医師は 愛飲のショートホープに火をつけた。
「研修医が終わった」

「ほう!じゃあもう立派な医者だなぁ…良かった良かった」

うまそうに タバコを吸う。

「だから、ここで働きたくて、頼みに…きた。…」

老医師は康介の頭を 鷲掴みにして

「んん…。そうか…。ありがとうよ。だが、ここはもうお終いだ。見ての通りだ…」

康介は なんだか 涙がでてきた。

「おいおい…泣くんじゃあねーょ。男のくせに」
老医師は 康介の姿をしばらく 静かに見ていた。

「…ここが、必要な人はどうすんだよ、先生」

「さあなぁ。なきゃなあ。違う病院探すしかねぇなぁ」

「ここしか、これない人も居たじゃねーか。どうすんだよ。どうすんだよ…」

「俺も昔はお前みたいに若くてなぁ…元気もあった。お前くらいの頃にここをあけた。…」

「なあ先生。ここを俺に任せてくれませんか」

康介は、土下座した…。
泣きながら、 土下座していた…。

そんなやり取りの中 休憩を終えた大工が 部屋へ戻ってきた。

「さっさとやらんと、おわらねーからな先生よぉ」


老医師は、大工の親方に
「親方さん。すまない。一旦ひきあげてくれまいか…」