俺は、1人で会場を出た。
「光さん」
「え、」
そこにいたのはいつも通り優しい笑顔を浮かべた運転手さん。
「どうして…あ、香…お嬢様ならまだ……」
「いえ、お嬢様は、もう少しあとで車を回すことになっております」
「なら、どうして…」
「お嬢様に頼まれたのです」
「お嬢様が?」
「はい。どうぞ」
そう言ってドアを開けてくれる。
「ありがとうございます」
俺は、その車に乗り込んだ。
車が緩やかに動き出す。
いつもの車の音に少しホッとした。
同時に、この車にもう乗ることはないのだと、実感した。
「着きましたよ」
「あ、ありがとうございました」
「いえ…光さん」
「はい?」
運転手さんはドアを開けてくれて、車から出ると、小さなカードを胸ポケットから取り出した。
「これは?」
「お嬢様からでございます」
「え?」
俺はゆっくりとそれを受け取った。
「伝言を預かっております。
『最後の願いは、あなたが幸せでいること』
だ、そうです」
最低だ。
ダサすぎる。
そんなこと、わかってる。
人前で、こんなにも泣くなんて。
でも、今だけ。
今だけは許してほしい。
忘れないように。なんて、バカみたいだ。
忘れない。
忘れられるはずがない。
こんなにも、あいつは優しいのに。
あたたかいのに。
こんなにも好きなんだ。
涙となって、溢れてしまうくらい…。
あいつがくれたぬくもりを忘れるなんて、できるはずもない。
小さなメッセージカードに書かれた
“今までありがとう”
少し震えたその文字が、俺の涙で少し滲んだ。

