風は囁く「君と輝きたいから」

詩月さんは安坂さんや岩舘さん、俺たちに気づく様子もなく、ヴァイオリンをケースから取り出し、男神像と対面した。

その立ち姿は凛としていて、ぞくぞくした。

ピンと糸を張ったような緊張感は、岩舘さんたちの話で詩月さんが運指がデタラメで腱鞘炎だと聞いていたせいかもしれない。

でも詩月さんが曲を弾き始めた瞬間に、何もかも吹き飛んだ。

安坂さんが「やっぱりな」と納得している。

聞き覚えのある曲なのに新鮮で、目を閉じて聴いていると竪琴を弾く男神像が弾いてるのかと思うほど、キレイな音色だった。

詩月さんの演奏に胸が締めつけられ、息ができなくなるほど切ない気持ちになり、俺は閉じた目をパッと開け、思わず目を擦った。

ヴァイオリンを弾いている詩月さんが一瞬、竪琴を弾く男神像の姿に見えた。

舟人を歌声で惑わす「ローレライ」を竪琴の音色で退治したオルフェウスの勇姿と詩月さんが重なる。

「ロマンス2番へ長調」を聴きながら、詩月さんの真剣さがひしひしと伝わってくる。

一生懸命な姿が何故か寂しそうだと感じた。

春CM撮影の日。

楽屋で着替えていた時に見えた詩月さんの胸の傷痕や、詩月さんが車の中で俺にしがみつき「ローレライではない」と震えていた詩月さんの悲痛な声が聞こえた。