岩舘さんの尖り声に「えっ……はい」とビビって言う。

岩舘さんは穏やかな安坂さんとは正反対のタイプだと思う。

「詩月を「周桜」のネームバリューでしか、見ない奴らは絶対に認めないからな」

「理久、ドスが効いているわよ。恐がっているじゃない」

 俺は岩舘さんに、詩月さんと会うたび感動する気持ちをどう伝えていいのかを考えていた。

勉強嫌いで、今まで逃げてきたことや自分のボキャブラリーの無さを後悔した。

 東京へ戻る車の中。

詩月さんにしがみつかれ腕にできた幾つもの爪痕を見つめた。

「何、爪痕? けっこうキツく握りしめられたな」

 空が救急箱から消毒液と絆創膏を取り出し、処置をする。

「よほど恐かったんやな。ローレライいう怪物の夢」

 明日には消えて無くなる爪痕だと思いながら、詩月さんの胸に刻まれた幾つもの傷痕を思い出した。

消えない傷痕、それは胸の痛々しい傷だけなのか? と思う。

「ローレライ」という言葉が重く、胸にひっかかっていた。