「さあな。翔べるところまで、いや願う思いのままにかな」

岩舘さんは、そう言って煙草をそっと1本取り出した。

口に加え、安坂さんに煙草の箱を差し出す。


「詩月がいる時は吸えないからな」と言いながら。


安坂さんは、差し出された煙草を1本抜き取り、火を点けた。

向かい合う2人の紫煙が、ゆるやかに立ち上る。


「楽譜って何?」


「正門と裏門の像、ヴァイオリンと竪琴の二重奏だそうだ」


「マジか」


「本当にあるのかもな、伝説」


「お前は試してみないのか?」


「銀貨をf字孔に入れるのが、至難の技だ。
オケのメンバーが十数人も試したが、1人も入っていないらしい」


「それを詩月が!?」


「周桜はコツがあるなんて言っていたが。
正門と裏門、周桜が銀貨を入れたのは奇跡だ」


「モッテルよな」

岩舘さんは、自分のことのように、嬉しそうな顔をする。


「ローレライの1件、どうなるかと心配だったけど大丈夫みたいだな」


2人は安堵したように、深く煙草を吸う。

紫煙をゆっくり吐きながら、岩舘さんはカウンター横の壁に貼られた、Nフィルのポスターにそっと目を移した。