「手加減など初めからするつもりはありませんし、相手が素人だろうとアイドルだろうと全力で弾きます」

「――『ローレライ』か」

 マネジャーは「わかった」と鋭い目を向け荒々しく、席を立った。

 開演間近、マネジャーがボックスルームから客の入りを確認し、感嘆の声を漏らす。

「客層が広いな。老若男女問わずか……周桜目当てか」

 マネジャーはため息交じり、無愛想な顔のまま低い声で言う。

詩月さんはキャップを目深に被り、碧い瞳が目立たないよう黒縁の伊達眼鏡をかけ、オーラを消していた。

詩月さんは歓声や声援で、声を張上げることなどしないんだろうと思う。

XCEONとのCMコラボがなければ、アイドルグループのコンサートなど縁もなかっただろうと思う。

そもそも、詩月さんはクラシックのコンサートか、美術館で絵画や書の鑑賞、個展、博物館くらいしか行かないイメージしかない。