「……安坂さんは緒方をずっと……」

安坂さんは悪戯っぽく笑う。


「ん……『紫のように美しいあなたが好きでなかったら、人妻と知りながら、私はどうしてあなたに心惹かれたりしようか』って意味。
薬狩りの折り、額田姫王が大海人、後の天武天皇宛に詠んだ歌に、天武天皇が返歌したんだ。
2人の歌をめぐって、額田姫王と天智、天武両天皇との三角関係を想定されている歌だ。なあ、周桜。
けど、この『紫の――』は、ずっと周桜の心境だっただろ!?」


――緒方には安坂さんがいる

周桜くんが呟いた言葉のことだと思った。

緒方さんと安坂さんの2人は、学内でも公認のカップルだ。

周桜くんの顔が薄く紅くなっている。


「まあ、郁と俺の噂って色々されてるし、大抵一緒にいるからな」


「安坂……さん?」


「郁って見た目と違って天然だろう!? 危なっかしくてね。
幼なじみだし、側にいるのが当たり前過ぎて恋愛感情って沸かないな」