「オルフェウスって、大学の裏門にある竪琴を弾いてる男神像?」

訊ねた俺に、郁子さんは目を丸くする。


「裏門の像をオルフェウスって呼ぶのは、周桜くんくらいよ。
オルフェウスは、頭が3つあるケルベロスって怪物さえも、竪琴の演奏で鎮めたの」


「カッコイイ~っ」

俺は口笛を鳴らす。


「それからね。ローレライの歌声に惑わされた舟人を竪琴を弾いて救って、ローレライを退治した英雄なの」


「……あっ」

それは突然だった。
ヴァイオリンの澄んだ音色が水面に、波紋を広げるように聴こえてきた。

聞きなれた旋律。
「Jupiter」の調べに、俺たちは、桃香さんの病室に向かって走っていた。
ヴァイオリンの音に導かれるように、我を忘れて。

ゆっくりと響き渡る優しい音色に、吸い寄せられるように。