「気に入らない教師を殴って自主退学した話や、宿敵の話なんて聞かれてもしたくないからな」


「ホントだったの? ピアノ教師を殴って退学って噂」


「なんだ千住、リリィから聞いていないのか?」

周桜くんは、そう言いながら、わたしではなく緒方さんをじっと、射るように見る。


「あの時……ショパンは封印したつもりだった」

周桜くんは真っ直ぐに、緒方さんだけを見つめる。


「緒方、君がショパンの『雨だれ』をリクエストした、あの日がなかったらピアノを今、弾いていない」

凛とした周桜くんの声。


「壊れていく自分のピアノ演奏をどうしていいか、わからなかった。ピアノを弾くのが……苦しかった」


「あの頃のあなたは、見ていて辛かったわ。だけど……あなたにショパンを弾いてほしかったの。ピアノをやめてほしくなかったの」


「止めなくてよかった……逃げると挑む、辺が違うだけなのに、全く意味が違うからな」