アキオ・トライシクル~心理学入門編~

「テルミは、母親を中学時代に亡くした。男勝りの言動でよく母親を泣かせたが、それはテルミなりの母への愛情表現だったと思っている。ああ見えてもテルミは繊細な娘でな。高校時代、クラスメートが自殺した事件があった。その子の死は、まったくテルミに関係はなかったのだが、自殺する直前にテルミとその子の接点があった。どうやらその時テルミらしい粗野な言動をその子にしたらしい。その子を殺したのは自分だとひどく自分を責めて、学校へも行けず引き籠ってしまった。」
 彰夫は、父の空のお猪口にまた酒を注いだ。
「父親としてはどうしていいかわからなかったよ。つらい時期だった。しかし長い間かかったが、ようやく自力で部屋から出てきて、学校にも通い出したのだが、どうも以前のテルミではなかった。なぜか性格がより粗暴になった。当然友達も離れ、学校では孤立した。たまたま絵が上手かったので、東京の美大に合格して上京したのだが、娘ひとりの生活が心配でな。電話して様子を聞くと、かまわないで欲しいヒステリックに怒りだす。仕方がなく定期的にテルミのアパートへのぞきに行き、元気な娘の姿が確認できれば、そのまま声もかけず帰っていた。そうしているうちに、3か月前だったか…、何も言わず急に引越ししてしまい、所在がわからなくなってしまった。」
 好美が江ノ島ハウジングに来た時期と一致する。
「心配していたら、突然テルミが実家に帰って来た…。」
 父親の声が初めて弱々しくなった。
「君に嘘を言って申し訳なかったが…実は戻ってきた日からずっと、昔のように食事もろくに取らず、部屋に引きこもったままなんだ。そして、テルミを追って今日は君がやってきた。」
 酔いで充血した目で彰夫を見据えた。
「いったいテルミの身に何が起きているのか…わしには到底理解できない。なんとか、テルミを救い出してくれないか。」
「おとぎ話みたいに、城に幽閉されたお姫様を助けに来た騎士だったらいいんですが…。申し訳ありませんが自分にそんな力などありません。」
 彰夫のそっけない返事は、テルミの父を逆上させた。
「人が頭を下げて頼んでいるのに、なんだそのやる気のない返事は。もういい、帰ってくれ。」
「わかってください。自分はただテルミさんに会いたくて、ここにやってきただけなんです。とにかく…テルミさんと話をさせてください。」