凪の海

「嘘、信じられない。女子高生のくせにお化粧だなんて…。」
「こっち来て、顔を良く見せなさい。」
「きゃっ、勘弁してー!」
 オダチンとアッチャンの攻撃に、たまらずアオキャンはミチエの背後に隠れた。ミチエを挟んでラグビーのモール状態となった女子高生たちは、三条大橋の上でも大騒ぎを展開する。
「あの…。」
 突然声を掛けられて女子高生たちの動きがピタリと止まった。見ると、厚手のVネックのセーターに、薄茶のズボン(今で言うチノパン)を履いた大学生のグループがにこやかな顔で立っている。
「あの、青山さんとちがいますか?」
 現れた。同志社の文通相手だ。改めて彼らを見ると、その身なりは清潔で、ファッションセンスもいい。本当にお金持ちのボンボンと言うにふさわしい容姿だ。セーラー服の自分達が到底釣り合う相手ではない。青年の問いにアオキャンは唇の色と同様、顔を真っ赤にしてうなずく。相手の顔もまともに見ることが出来ないでいた。
「遅れてすみません。僕は…。」
 青年が自己紹介を終えると、右手を差し出した。アオキャンは何のことかわからない。親友たちに背中をつつかれて、ようやく握手を求められていることに気づいた。
 そんな洒脱な挨拶がさりげなくできてしまうのは、さすが天下の同志社の大学生だと女子高生たちは関心した。多少イントネーションは変であるが、標準語を喋ろうと努力している様子は、そのさわやかな口調と笑顔とともに好感が持てる。
 青年とアオキャンが握手を終えると、その他の青年たちが自己紹介を始めた。オダチンもアッチャンも借りてきた猫のようにおしとやかに握手する。
「それでは、みんなで近くの喫茶店にでも行って、コーヒーでも飲みましょうか?」
 喫茶店!コーヒー!女子高生の彼女たちにしてみれば、行ったことも、飲んだこともない。まさに未知の世界への誘いに、心がときめく。しかし、ときめきようが無い女子高生がひとりだけいる。ミチエだ。
「あの…石津さんはお見えにならないんですか?」
「ああ、シゲ。あいつは新聞の校正があって、印刷所から離れられないそうです。申し訳ないが来れないと言っていました。」
 ミチエは自分の心がブルーに染まっていくのを感じていた。

「ただいま。」
 泰滋が自宅は木戸を開けると、台所に直行して井戸の水を汲み上げた。柄杓を口に当て直接京都の水を飲み干す。