「坂本さんは一緒じゃないんだね」
「香奈恵ちゃんは反対側で練習するみたいで……」
反対側を見るように顔を動かすと野中君も向こう側を見て「本当だ。後ろに並んでいるみたいだね」と落ち着くような低い声で言う。
「野中、走るよー」
「――ああ、こっちも練習が始まるみたいだ。それじゃあ三崎さん、タイム計測お願いするよ」
「あ、頑張ります……っ」
ちゃんとやらなきゃと思ったらそんな風に言ってしまって、野中君がクスリとかすかに声をもらして笑った。
「練習だから気楽にね」と言われた私は笑われたことが恥ずかしく、上擦った声で「うん」と返すことしか出来なかった。
***
野中君や他の生徒が走ってくるのをゴール位置で待っていた私は野中君の足の速さに驚いた。
短距離なのに差が結構開いていて野中君は余裕で一位。
ストップウォッチのタイムを見た先生が「野中は今年も速いな」と呟いてみんなのタイムを紙に記入していく。
「野中は去年も百メートル走に出て同じ種目に出た生徒全体で一位だったんだ」
「一年生で一位ってすごいですね」
「ああ。体育祭の後に陸上部がスカウトしたくらいだしな。本人は勉強に集中したいからと断ったそうだが」
「百メートル走に出る人にとって強敵ですね」
「ああ。しかもリレーにも出ていたから今年も出るんだろう? 野中」
息を整えながら私や先生の近くに来た野中君に先生がニヤリと笑って聞く。
聞かれた野中君はまばたきを何回か繰り返した後に「それは秘密です」と曖昧な返事をくれた。

