「寝ちゃダメだよ〜!起きて〜!!!」


女特有の甲高い声とともに身体が揺れる。心地いい眠りを妨げる声に眉根を寄せて重いまぶたを開くと、ハーフ顔の女が顔を覗き込んでいた。


こいつは御崎ルイ。

日本人にしては珍しい赤茶の髪と、茶色のキツイ目が特徴の古典的なハーフ。 親はどっか、ヨーロッパの国だって聞いた覚えがある。 知らないけど。
最近は淡いスカイブルーのカラコンをずっとしていて、そのハーフ顔にはよく似合っていた。思わず蹴り飛ばしたくなるほどに。


姫だか幹部だか忘れたけど、とりあえずあいつらと一緒に許された立場の人間らしい。まぁ、そうじゃなかったら屋上になんか立ち入れないしね。

御崎ルイが仲間になったと紹介された時、俺はその場にいなかったし、興味ないから名前以外覚えてない。


「どこのハーフだっけ」
「あ!起きた?お父さんがアメリカの人なの、ってこれ前にも言ったよー?」


耳元ででかい声を出しておいて陽気な声で話しかけてくる御崎ルイが心底うざかった。

寝てる人間を起こしておいて、起きた?ってなに。 普通起こされたって言うんだ、日本語は。


「へぇ、アメリカ。 で、僕を起こしてなんの用なの」
「あ、あはは。で、でも今寝たら夜寝れなくなっちゃうから!ね!」

なにが「ね!」だ。そんなの誰が気にしろって頼んだ。 僕が朝に寝ても夜に起きても勝手だろう。ほっといて欲しい。

「暴走族に入ってるくせに、優等生みたいな事言うんだ?」


偽善者が……なんて言葉は飲み込んで、冗談を言い合っている時のような表情を作る。顔より何倍も正直な目まで誤魔化せたか、と言われたら答えられないけど、こいつ相手にそんなこと心配する必要も無い。

早くあいつらの元へ戻ってくれないかなぁ、めんどくさい。


「ムッ白羅にはいる前は本当に優等生だったんだからね!」
「へぇ、意外だ」


少し馬鹿にしたように言えば案の定こいつは怒った。冗談で怒っているのか本気でムカついているのか、興味すら沸かないから早く目の前から消えてほしい。

これが寝る前に考えていた件の彼女なら、俺は迷いなく膝枕を強請って狸寝入りを実行していたくらいには眠い。

別に彼女じゃなくても、弱った顔をして女を落とせば膝枕をさせるくらい容易いのだけど、こいつは論外。 こいつを落とせないんじゃなくて、俺が無理なの。 考えただけでも気持ち悪い。


「もうっ!成くんのいぢわる!」
「悪いね、生まれつきだ」


あぁ、もう本当にうっとおしい。気持ち悪い。うざい。無理。生理的な拒絶反応が出そう。

今すぐ目の前から消えろって言えたらどれだけ楽か、ちょっとは人の気持ちも考えろっての。

イライラ、ムカムカ。こいつの声を聞いているだけで、腹が立って仕方ない。下手に口を出せない分、余計イラついているんだ。


「もうっ、あー言えばこー言うんだからっ! じゃなかった、あのねさっき決まったこと」
「せい」


話そうとする御崎ルイを遮って俺を呼んだ妹。僕のかわいい双子の妹、清。いつの間にか隣に来ていた清は、制服の袖を摘んで上品に笑う。

ココに男子高校生10人いたら間違いなく10人全員集合清に惚れてただろう笑みだ。なんてアホなことを考えながら、かわいい妹に微笑んで返す。


「どうしたの? 清」
「お昼寝の時間なの」
「あれ、まだ早くない?」
「ううん」


ズイっと向けられる清の腕時計には確かにお昼寝を定めた時間を指していた。寝起きでハーフ女に絡まれて体内時計が狂っていたみたいだ。

頷いて清の腕を押し返せば、清は満足そうに笑う。


「今からでもいいけど車呼んでないし、清が良ければここで待たない?膝枕してあげるよ」
「………膝枕がいい」
「素直でいいね。ほら、おいで」


たっぷり悩んた末に膝枕を選んだ清は、一緒に持ってきていたカバンからタオルを出す。 それを受け取って空いたスペースに広げ膝をポンポンと叩くと、清は嬉しそうにタオルに寝転んで僕の膝に頭を乗せた。

完全に蚊帳の外な御崎ルイは、それでも向こうに帰ろうとしない。清が寝たらまた話を再開できるとでも思ってるのかな。ほんと、バカ。

せっかく中断できた会話を続けるような真似、する訳ないのに。頭の残念なやつだなぁ。


「ねぇ、もう向こうへ行ってよ」
「やだ!成くんが戻るまで、私ここにいるの!」
「あの馬鹿騒ぎ混ざるつもりは無いよ」


穏やかな寝息をたてる清を撫でながら、中央に残る二人を顎で指す。ここにいられてもいい加減うざったいし。 何よりさっきから突き刺すような総長様の視線が痛いんだよね。


「……でも、」
「みんな待ってる」
「……分かった。また話そうね」


暗にわがままを言うな、と言えばそれを感じたのか御崎ルイは渋々と言った空気を出しながら背を向ける。バレないように小さなため息をついて、御崎ルイの背中にベロを出す。もう二度と関わりたくもない。

ま、アイツらが仲間でいる限りそれは出来ないんだけど。

御崎ルイが屋上ド真ん中のソファーに座ったことを確認して、また大きなため息をついた。 やっとあのうるさいやつが居なくなって、せいぜいしたからだ。

清の頭を撫でながら、黒髪をなぞる。長くて綺麗な黒髪が、足元には散らばっていて。それが狸寝入りだとしても清は芸術作品みたいに可憐だった。


「せい」
「うん?」
「消えないで」
「……大丈夫。僕はまだ、消えたりしない」


そう、“まだ、大丈夫”。

あちらから何かを仕掛けてこない限りは、大丈夫。僕から何かを仕出かすつもりはないから。


けれど、それでも。 早く今の日常が変わればいいな、と思う。清が苦しむことも怯えることもない、時間を気にすることも、自分を偽ることも、なくなればいいのに、と。