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場所は変わり、フェルダン王国第二王子セレシェイラの執務室前。
そこには、神妙な表情のオーリングがいた。
しばし扉の前で立ち止まった後、意を決したように顔を上げ、扉に向かって手を伸ばした。
コンコン
乾いた音が、大きく広い廊下に響く。
「オーリングです、失礼いたします」
部屋の主の返事を聞かず、部屋の中へと足を進めるオーリング。
上品な内装と装飾品の並ぶその部屋の窓際、そこにシェイラはいた。
王族特有のクセのある髪がさらりと風になびき、その隙間から黒光りするイヤリングが覗く。
「......どうした、オーリィ
特に頼み事はしてなかったはずだが...」
窓の外に目を向けたまま、けして視線をよこさずにそう尋ねるシェイラに、オーリングは真剣な声で話始めた。
「......婚約の話、聞きました...本気ですか?」
「......ああ、本気だよ。冗談で言うわけないじゃないか」
表情をピクリとも変えずにそう答える目の前の人物に、オーリングは眉を顰める。
控えめで優しく、けれど気の弱いシェイラ。
だが時折不意に、別人のようになることがある。
今のように。
こんな時、シェイラは誰にどんなことを言われようと、その意思を揺るがすことはない。
ああ、これが人の上に立つ存在、王家の人間なのだと思ってしまう。
年もさして変わらないシェイラに、自身も一族の主でありながら、ひるんでしまうのだ。
だが、今回は引くことはできない。
脳裏にルミアの顔がちらつく。
城内で噂されているシェイラの婚約話。
国外追放を言い渡されても、気丈に笑顔を絶やさずいつも通り接する強い少女が、その噂を耳にした途端その笑顔を曇らせた。
それを目にして、彼女のシェイラに対する思いを見抜けないほど、オーリングも馬鹿じゃない。
そしておそらく、シェイラも同じ気持ちを抱いているという事も。
「...その婚約は貴方の望んだことではないでしょう?本当はもっと大切な人がいるんじゃないですか」
思い切ってオーリングは声を上げる。
それでも視線を外に向けたまま表情を変えないシェイラに、オーリングは徐々に苛立ち始めた。
二人が夜に、何度も逢瀬を重ねていたことは知っている。
このまま二人は互いに思いを通じ合わせ、幸せになるのだろう、そう思っていたのに。
「どうして自分の気持ちに正直にならないんですか!?ルミちゃんがいなくなって、あんた平気でいられるのかよ!!ずっと一緒にいたんだろ?会えない日もずっと彼女の事を思ってたんだろ!?なのに、なんでっ」
ついつい敬語もはずれ、声を荒げてしまう。
しかし黙ってはいられないのだ。
このままじゃあ、想い合っている二人が離れ離れになってしまう。
少なくとも、この人にはルミアが必要だ。
でなきゃまた、以前のように死を望む廃人の様になってしまう。
オーリングにはそう思えてならなかった。


