あの時、ナイフで貫いたとき、ルミアの記憶の一部がアネルマの頭の中に一瞬だけ流れ込んできた。



 とてつもなく苦しくて、想像していたものとは全く違った。



 もっと順風満帆に、たくさんの人に愛されてきているものと思っていたのに。



 今思えば、魔法学校に居た時からルミアを取り巻く環境は最悪だった。



 ただ人よりも何倍も優秀だっただけなのに。



 何も持たない人間からの羨望や嫉妬が、恨みや憎しみに変わり、彼女を傷つけていた。



 それでも平気な顔でいたから余計に彼らをイラつかせ、エスカレートしていったのだが。



それを黙って傍観していたアネルマにも罪はある。



(平気なはずなかったのよね...彼女も普通の人だったのよ...)



彼女の記憶を覗いて、初めてそれに気がついた。







 悪夢や辛い記憶を好んで喰らい、体の奥底から蝕んでいくそれは、源となる悪夢がほんの僅かな量でも力を発揮する。
 


「...きっと魔法学校でのことも、両親のことも、アイルドールで貴方が彼女にしたことも、全てあの魔法の糧になる。ルミアの記憶や思い出にはあの魔法の糧となる傷が多すぎたのよ」



アネルマの言葉はジンノの心にぐさりと突き刺さり、アネルマに背を向けてずるずると力なくその場に座り込んだ。



檻ごしに見えるジンノの背中があまりにも弱々しくて、これがあの魔王かと、最強と謳われた王国随一の騎士なのかと、信じられない気持ちで見つめた。



「......魔法を、解く術はないのか...?...少しでも生きられる可能性は......」



背を向けたまま、すがるような思いでジンノは尋ねる。



「...残念ながらないわ。夢喰いに解術用の魔法は作ってないのよ」



分かっていた。



どんなにもがき、足掻こうとしても



ルミアがこの国にやってきた時点で、死んでしまうことは。



殺したアネルマはもちろん憎い。



けれどそれよりも、守れなかった自分が一番憎い。



ジンノは檻にもたれ、暗い牢獄の天井を見上げた。



アネルマから見えるその背中はかすかに震えていて



泣いていることが分かった。



「不思議ね、あの時は殺したい程憎い存在だと思ってたけど、今はびっくりするぐらい彼女に対して何の怒りも恨みもないの......どうして殺してしまったんだろうって後悔すらある」



信じてもらえないだろうけど。



 申し訳なさをはらんだその言葉に、ジンノは何も答えない。



 おかまいなしにアネルマは続ける。



「...これでもね、頭の中では必死に夢喰いの解術の方法を考えてるのよ。どうにかして彼女が死なないで済む方法はないかって...でも駄目ね私の力じゃ。せめてあの時、ナイフで貫かれたのが私だったら良かったのに...」



 後悔の嵐が渦を巻く。



 それはアネルマだけでなく、ジンノやアポロなどたくさんの騎士達の心の中で。