櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ





しかし、ネロは動かない。



ジンノをしかとその目に捕えながらも、1歩たりとその場を動こうとしなかった。



「何をしているネロ!さっさと行かないか!」


「......行ったところで何も変わらない。俺がジンノさんに本気で勝てると思っているんですか?赤子の手をひねるように、一瞬でやられてしまいますよ」


「それでも行け!貴様、我が身恋しさに戦いを放棄するのか!!母親がどうなってもいいのだな!?」



その脅しに、ネロの瞳がグロルへと向く。



「状況が分かっていないらしい。お前の母親の命は俺が握っているのだ、貴様が戦わないと言うのなら、すぐに殺してやる」



ネロは母親を人質にとられていた。



彼にとってたった一人の家族。



貧しいながらも、たくさんの愛情を注ぎ大切に大切に育ててくれた。



父親がいなくてもそんなの気にならないと思えるくらいに、ネロは幸せだったのだ。



母は元から体が弱かったせいもあり、ネロが魔法学校を卒業すると同時期に体調を崩し寝込むようになった。



ネロはそんな母を、唯一恵まれた才能である魔法を使い恩返しをしたかった。



別に天才だったわけじゃない。



本当に普通の人だったネロは、血反吐を吐くほど必死に努力して特殊部隊に入隊した。



そして一生をかけて恩を返していくつもりだったのに。



グロルはネロの前に突然現れ、こう言った。



『お前の母を救ってやろう、その代わり私の為に働け。歯向かえば、母親が死ぬそれだけだ』



ネロの実力を持ってすれば、その場でグロルを倒すことは出来ただろう。



だが、策略家グロルのことだ。手を出したその瞬間に母の命が失われてしまうに違いなかった。



たった1人の大切な家族。



断れるわけがなかった。






『いい心がけだ、我が息子よ』






 幼い頃一度だけ母に聞いたことがある。



 父の事を。



 母はほんのり頬を染め、語った。



 とても素敵な人だったと



 不器用だけど優しくて熱い人だったと



 今は訳あって別々に暮らしているけど、今でも心は繋がっていると



 お父さんがいなくて寂しい?と悲しい顔をするのでそれ以来聞いたことがないが、その時一目見ただけで分かった。



 母は今でもその人を愛しているのだと






『我が息子』






グロルのその言葉で真実を知る。



母親が愛してしまったのは目の前のこの男。



数多くの人間を自分の手を穢さずに殺してきた、この血も涙もない男なのだ。



 信じられなかったが、自分が闇の魔法使いであることが何よりの証拠のように思えた。



 身分の差に関係なく魔法使いは生まれるが、絶対的に数は少ないし、ましてや闇の魔法使いなどめったに生まれない。



 信じたくない現実に目の前が真っ黒になったのを覚えている。



 それでも母の為



 そう思って今まで心を殺しそうと努力していたのに








 そんなネロの揺れる瞳に、アポロがうつった。