「カリス!」
「あっ!テオ兄さん!」
正門前へと急いでいたテオドアの前に現れたのは、弟のカリス。
少しきつめの顔のテオドアに対し、カリスはとても美しい女顔で、よく女性と間違えられるほど。
しかし戦闘のセンスはずば抜けており、国王軍の第一部隊隊長を任される実力者だ、
「お前先に向かったんじゃなかったのか?」
「え、ああ...それは...」
「......ったく、カリスお前、また迷ってたのか」
極度の方向音痴が玉に瑕だが。
カリスがもう道に迷わないように、二人で道を急ぐ。
「カリス、いい加減自分の国でぐらい迷わないようにしろよ」
「ごめんって。それより、あの噂は本当なのかな」
「噂?」
「魔水の泉の噂だよ。ほら、童話の」
――湖に近づいてはなりません。人魚に心をとられますよ
それはアイルドールに住まう人々なら誰もが知る童話。
それと共に語られる教えだ。
その言葉を皆けして疑わない。
そうやって生活しているため、誰かが湖に落ちたと聞いただけでこの騒動なのだ。
おまけに情報では落ちたのはジンノの妹。
国の大恩人で、神のごとく崇めている信者まで存在するほど、ジンノという男はこの国の軍隊の中で不動の地位を築いている。
そんな男が
『頼みがある。俺の妹を、守ってほしい。大切な人だ』
と頭を下げた。
そんな事をされて、断れるはずがない。
軍を上げて守ろうとしたところだったのに。
なんたるざまか。
「あの湖に落ちて助かった人、知ってる?」
カリスが走りながら尋ねる。
「...知らん」
そう。
最も恐ろしいのは、湖に落ちて助かったという事例がないこと。
そして一部の人間、それも王族の間で囁かれている噂がある。
それは
『人魚は実在する』
というものだ。
そしてその人魚は童話の通り、人々の心つまり『命』をうばう。ゆえに生きて戻っきた人間がいなかったのだと、そう言うのだ。
もしそれが本当であれば。
そう考えると背筋がぞっとする。
二人の脳裏に最悪の事態が連想され、より一層足を速めるのだった。


