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 全ての生き物が寝静まる、丑の刻。



 王宮から少し外れた貴族街の黒塗りの屋敷



 そのとある一室に響くノックの音。



「...遅かったね、」



 中でワインを片手に、窓越しに月を見上げる男は、振り返ることなくそう返事を返す。



「申し訳ありません。でも、今の私にとって彼との夜の営みは貴方より大事でしょう?」



「...まあ、そうだな」



 カツカツとヒールの音を立てて、男の背後から近づく声の主に、月光がスポットライトを当てた。



「首尾は順調かい、アネルマ」



「ええ。もちろんお父様」



「油断はするな、心の隅から隅までお前のものにしてしまえ。その方がやりやすい」



「分かっていますわ」



 そこはフィンス家の屋敷。



 極端に人気が少ないのはいつもと変わらない。



 装飾の少ない黒い薄手のネグリジュに身を包んだアネルマが、ワインを口にするグロルの横に並ぶ。



「お好きね。また、月を肴にワインを飲んでらっしゃるの?」



「まあな...お前も飲むか?」



「もう遅いですから。大丈夫ですわ」



「そうか残念だ」



 グロルはそう言って笑う。



 さして残念そうな様子もなく。



 やはりその態度や表情からは、考えが読み取れない。



「...そう言えば、ネロ・ファーナーの方はどうなっていますの?」



「......ああ、あいつか。いや、実によく働いてくれているよ。流石私の血を継いでいるだけある。駒としては十分だ」



 グラスの中でゆっくりと回る赤い液体。
 


 きっとこの男の中では、どんな人間でも、自身の手の打ちで操る駒の一つでしかないのだろう。



 それが実の娘、息子であっても...



 グロルは不意に立ち上がり、窓際によった。そして感慨深げにその夜空を眺める。



「『石』は手に入れた。国民も支配した...後は時を待つのみ」



 グラスのワインをぐっと飲みほし、振り返る。



「次の新月の夜、お前とあの王子との結婚式が舞台だ。盛大に踊れ、俺の国の誕生だ」



 不気味は笑顔は、闇の中でさらに黒く歪んでいた。






 ◆






 闇夜に光る星々は



 何億光年も遠い場所から



 届くとも分からぬ果てしない距離を旅して



 地上にいる人々に



 柔らかな光を捧げる



 広大な闇の中に



 ほんの僅かな、小さな光



 一瞬でも目を離せば消えてしまいそうな弱いそれは



 闇に飲まれることなく輝き続ける



 その儚くも強い姿に人々は惹かれるのかもしれない





 闇もまた



 その光に魅了される一人なのだと



 気づくことになるのだった