僕の好きな女の子

夕方になって玄関の鍵が開く音がした。
希華ちゃんが帰ってきた。
瞬間ママさんの短い悲鳴が聞こえた。
「希華!!」
「なんで…お母さんいるの?」
驚いた希華ちゃんの声がする。
「そんなことより、なんなの、その格好…。」
ママさんの声が震えてる。
「なんでもない!転けただけだから…。」
「転けた!?そんなわけないでしょ!!そんな汚れ方じゃないじゃない!」
「もうっなんでもないってばっ!」
勢いよく部屋の扉が開いて希華ちゃんが入ってきた。
いつもは汚れた制服を見る事がなかったけど、希華ちゃん、それは転けただけじゃないってことボクにだってわかるよ。
希華ちゃんはママさんを遮るように扉を閉め鍵を掛けた。
「希華!開けなさい!話聞かせてほしいの。何があったの?」
「なんでもないっ!」
ドンドンと扉を叩く音と、希華ちゃんを呼ぶ声が続く。
「なんでもないから、ほっといて!」
シンっと静かになった。
「希華…開けなくてもいい。ただこのままでいいから、お母さんの話聞いて。」
ママさんが静かに話し出した。
「お母さんにとって希華は宝物なの。お母さんだけじゃない。お父さんにとっても希華は宝物よ。希華が産まれた日二人で泣いたわ。嬉しくて幸せで…希望溢れる華を沢山咲かせて欲しくて希華って名前にしたの。でも今は希望溢れてるようには、お母さんには思えないわ。希華が産まれた日嬉しさと同じく責任も生まれたの。この子を幸せになるように育てていくんだと、思った。それは今も変わらずお父さんもお母さんも思ってる。」
希華ちゃんの頬を涙が流れていく。
「ねぇ希華…お母さんに話して。お母さんに希華を守らせて欲しいの。」
「守らせてって何?お母さんは…私が何されてるか知ってるの?」
希華ちゃんの眉間に皺がよった。
「…希華…学校でイジメられてるの?」
恐る恐る聞いてるのが声色でわかる。
ママさんの言葉を聞いた瞬間、希華ちゃんはくしゃくしゃに顔を歪ませ崩れ堕ちた。
「お…お母…さん、知ってたんだ…」
表情の覇気が無くなる。
「希華!知ってたんじゃない。そうかもしれないって思っただけ。そうなの?本当なの?!」
再び扉を激しくノックする音が聞こえ出す。
「知られたくなかったんだけどな…。」
その声は辛うじてボクに聞こえるか聞こえないぐらいの小さな声だった。
希華ちゃんはふらっと立ち上がり机の引き出しに手をかけた。
「希華!!開けて!お願いだから開けて!」
何かを感じ取ったママさんの声が扉越しに激しく怒鳴るような声に変わる。
引き出しを開け希華ちゃんの手にカッターナイフが握られた。
カチカチと音を立て、ゆっくりとカッターの刃が送り出される。
窓から差し込む夕陽にキラリと刃が反射した。
「希華!何してるの!答えて!ここを開けなさい!!」
さらに扉が激しく叩かれる。
叩く強さが扉を揺らした。
『希華ちゃん…それをどうするの?』
希華ちゃんはカッターの刃を首に押し当てた。
『希華ちゃん!!』
「希華!!」
希華ちゃんがボクを見て笑った。
あの頃のような優しい笑顔。
そして、そっと瞳を閉じた。
一筋の涙が流れていく。

「ごめんね…頑張れなかった。」

カッターを持つ手に力が入った。